僕とゲームセンター

ハイスコアガール」。

ゲームセンターに通う僕らのような人種にも熱がある事を証明してくれるような熱い青春漫画だった。

僕がゲーセン通いをしているというと、毎回驚かれる。一昔前までゲームセンターは不良の溜まり場という印象があり、それがいまだに尾を引いてるのだろうか。自分でも思うが僕はヤンキーとかそういう類とは真逆の人種だ。

僕自身小さい頃から親にゲームセンターは行く場所じゃないと教育を受けたのであるきっかけがなければ通うなんてことはなかっただろう。そしていろんな素敵な人たちと出会うこともなかったと思う。

あるきっかけとは「ロードオブヴァーミリオン(以下LoV)」というスクウェアエニックスから出ていたオンラインカードバトルゲームである。それは僕にとってはただのゲームと呼ぶのは憚れるほど、大切なものだった。今回はその、LoVを通して得た思い出を語りたい。

 

 

 

 

僕がLoVの存在を知ったのは高校生の頃、「鋼の錬金術師」目当てに買っていた月刊少年ガンガンに載っていた記事がきっかけだと思う。「黒神」という漫画のキャラがコラボ参戦という記事だった。どんなゲームかもわからなかったけど、「黒神」は絵が好きだった(というよりエロかったから好きだった)ので気になった。そのタイミングで始めることはなかったが、思い返すとそれが最初のLoVの記憶である。

 

本格的な出会いを果たしたのが高校三年生の時の教室、だっただろうか。いや、二年生?ちょっと記憶があやふやだが、学校の教室でLoVのカードを机に並べていたボン(仮称)とニノ(同じく仮称)がいたのは間違いない。彼らはカードを並べてあーでもないこーでもないと話していた。何それ?と話しかけたのを覚えている。そこでLoVという存在を教えてもらった僕は興味を持った。

彼らに連れられて、普段行くようなクレーンゲームコーナーのさらに奥の暗がりの深いスペースへと行った。そこにLoVの筐体が4つ並んでいた。こうやって振り返ると10年近く前の話なのに筐体が並ぶ姿が思い出せる。なんだかノスタルジーだ。

 

僕の思い出語りなので詳しいルールやらの話はここでしないが、複数枚のカードを使って陣取り合戦をする対戦ゲームである。当時は1対1のゲームだった(のちに4対4のチーム戦になるがそれは後ほど)。これだけ聞いてもピンと来ない方はYouTubeとかで調べてもらえるといいかもしれない。

これとか分かりやすい…か?

とにかく、このゲームは全国の同時間に対戦に出てる人とマッチして対戦するゲームなのである。これを人に説明すると結構な確率で「え、じゃあこのいま対戦してる人はどこかで同じようにゲーセンでこのゲームやってるの…?」と聞いてくる。いや、そう言ってるやんけ。でもこの手のオンライン対戦ゲームやってない人には衝撃なのである。僕も最初はその口だった。オンライン対戦ゲームをやったことないって人は結構な割合存在するし、初めて聞くとなんて画期的な!と思ってしまうのだ。いまはそこまで珍しくないけど。

僕は部活はバスケ部に所属こそしていたが、運動音痴なのでそこで勝ったという成功経験が薄い。相手を打ち負かして勝つという快感を知ったのはおそらくこのゲームが最初である。いまこの画面の向こうで悔しがっている誰かがいるという快感は筆舌に尽くしがたい。こう書くと死ぬほど性格悪いけど、運動とか得意な人も分かるでしょ、この気持ち。

所詮ゲームと言われればそれまでなのだが、ゲームにも運動と同じように繰り返すことで自分の成長を実感できる。e-sportsとはよくぞ言った。多分ゲームのこの成長する経験をしたことのない人にはスポーツと呼ぶわけが分からないんだろうなぁと思う。

閑話休題

 

気付いたら僕は一人でもゲームセンターに行ってこのゲームをやるほどハマっていた。このゲーム、1プレイで1枚新しいカードが出てくるので、みんなの持ってない新しいカードを密かに引きたいという欲求もあった。この、ゲームをやりながらTCGのようにカードを引く快感もあるのって、ある意味ギャンブルより依存度が高いと思う。良いカード引いたときの脳汁の出が凄い。

そんなある日、ボンとニノが中学時代の同級生と一緒にゲームセンターにやってきた。えいちゃん(仮sy(ry)とごろう(かs(ry) (どうでも良いけどいま(ryって誰も使ってない?インターネット老人感がする)の二人で、地元で一番の進学校に通う同級生だった。僕はまぁ、人見知りしないフリが得意な人見知りなので何となく絡みやすい雰囲気を出しながらもガチガチに緊張していた。

なんでも彼ら4人は幼馴染で、このゲームも4人で始めたらしい。僕は急に現れた新参者なわけだ。それはもうかしこまった。なんだか4人の仲に入っていくのは憚られるように感じた。

でも二人は本当に気さくで、こんなゲームセンターの暗がりでゲームやってる人はさぞ根暗なコミュ障だろうと思っていた失礼な僕の考えを見事に打ち砕いてくれた。というか僕自身が根暗なコミュ障なのである。外面だけはいいのだが。

 

それからは五人で遊ぶことも増えた。ゲームセンターだけの繋がりから始まった仲だが、ゲーセンの外でも遊ぶことが多くなった。お互いオタクだったのでそれぞれの得意ジャンル毎にオススメを話し合って話を聞き合った。

大学時代はそれぞれ住んでる場所がバラバラだったが、毎日のようにSkypeを繋いで夜通し語り合った。将来の話やお互いの恋愛事情なんかも話した。出会った当時、僕はこんなに深い仲になるとは想像もしなかった。いまでは本当に大切なかけがえのない友人である。なんか同じゲームをやっていたから友達と呼ぶより仲間と呼ぶほうがしっくりくるんだけど。

 

それと、同じようにここで語らなければいけないのは「LoVSNS」の存在。まだまだTwitterとかFacebookが普及しきっていなかった(と僕個人は認識している)当時、LoVをプレイしている人たちが情報交換等をするSNSが存在したのだ。いよいよインターネット老人感の強い記事になってまいりました。

もちろん僕らもここで日々のプレイ雑記を書いたり、何でもない日々の事を書いたり、まぁありたいに言うと同じゲームをプレイしている人たちのブログの集合体みたいなものである。

全ての利用者が閲覧できるので、気になった人と交流したり情報交換したり、果てはカードの交換なんかもしていた。

僕とえいちゃん、ごろうとボンはそのSNSに二次創作の小説を上げたりもしていて、そこそこ読んでもらったと思う。

そこで出会った人たちとリアルでも会って一緒にプレイしたり、飲みに行ったり…ゲームがきっかけとは思えないほど、濃い交流をしている。こういう繋がりって周りの友達に言うと「そういう同じゲームをやってるってきっかけで仲良くなるのってすごいね」と言われるのだが、もともと好きが同じなので仲良くなるのは早いと思う。

 

 

僕が大学を卒業する頃、LoVはナンバリングが変わってLoV3になった(説明し忘れたが僕らが始めた頃は1だったが大学進学の頃に2になっていた)。

先の動画で紹介した1対1のタイマン戦だったそれが4対4のチーム戦に変わったのだ。

動画のプレイヤーが下手なのには目を瞑って欲しい。見比べてもらうと一目瞭然、全くの別ゲームになったのだ。

最初はワクワクしたのだが、このチーム戦というのが自分の性に合わなかった。

僕はどんなゲームでも自分のこだわりが強く、ポケモンならどんなに貶されようが自分の好きなポケモンしか使わないし、これと決めた自分のスタイルを崩すのが極端に嫌いなのだ。

LoVもとにかく自分の好きなカードで勝つことが楽しかったので、周りに奇抜だと言われようがそれで勝って快感を得るタイプだった。

しかしゲームって煮詰めてくると「勝つための最適解」というものが生まれてくる。こと、対戦ゲームに関してはこれは顕著だ。ネット文化が発展した今では少し調べれば何が強くて勝ちやすいかはすぐに分かる。

一人で勝ちにくいマゾデッキを使うのは個人の自由だから構わないが、チーム戦となるとそうはいかない。最適解を用意しないものはその時点で勝つ気がない、舐めていると思われてしまう。だからと言って勝てるためのデッキを使う自分を己自身が許せなかったのだ。

好きなカードを使わず勝つゲームならやりたくないなぁという思いと、社会人になったことで忙しくなり、少しずつゲーセンから足が遠のいていった。

僕がやることがなくなってもLoVは続いていたし、アニメになったりもしたし(あんまり話題聞かなかったし黒歴史かな?)、新情報があれば目を通していた。なんとなく思い出のゲームであるLoVはこれからもずっと続くのだろうと信じて疑わなかったのだが、昨年シリーズの終了が告げられた。

これにはもうプレイしていない僕も少なからずショックを覚えたし、ゲームセンターで過ごした青春の終わりを感じた。悲しさというか胸にぽっかり穴が開くような喪失感があった。

 

これでゲームセンターで繋がっていた人達と離れていってしまうのだろう、何だか寂しいなぁ。と思っていたのだがTwitterの繋がりを通じて細く長くいまも交流は続いている。

これは本当に嬉しいことだし、このコロナが終わったらフォロワーさん達に会いに行きたいなぁと心底思っている。

 

 

 

僕は一人でゲームセンターによく行っていた。それを周りの普通の人に言うと不思議がられる。一人で行って楽しいの?と。でも僕は一人でゲームセンターに行って、その日の結果をSNSで報告して、それに反応してもらえるのが好きだった。とても強く人との繋がりを感じるのだ。

LoVの終わりと共に終焉を迎えた僕の薄暗いゲームセンターの奥の青春は、おそらく僕の青春の中で一番輝く思い出なのだ。