夏なので自分の体験した怖い話を書こうと思います。
大学を卒業してすぐに就職したのが車関係の会社でした。
会社自体は僕の実家のある市から車で1時間ほどでしたが峠を越える必要があり、通うには少し大変な距離でした。
一人暮らしすることも考えていた時、会社から新入社員用の寮を今年度から用意するという話が出ました。これには願ったり叶ったりと思ったのですが、その寮というのが一軒家の借家でした。
当時ルームシェアをする男女のリアリティ番組が流行っており、流行り物が好きな社長が考えたものでした。ただ、他の新入社員は結構通えない事もない距離に住んでた事もあり、希望者が僕だけという状況でした。1人だけのために一軒家の寮を用意するのも、というのが会社の本音だったみたいで寮の話自体が無くなりそうだったのですが、それを察した同じ新入社員のTくんが「自分も寮に入ってもいい」と申し出てくれたのです。彼もそんなに遠くないところに住んでいたので本来は寮に入る必要もなかったのですが、優しさから提案してくれたのです。
そうして新入社員寮はスタートしました。
一回は大きめのキッチンダイニングと風呂トイレ、あとは畳の部屋が一つあり、2階は3つ部屋がありました。
2階の2部屋をそれぞれの部屋と決め、下の1部屋は共同のリビングにしようということになりました。僕の部屋は玄関すぐにある階段から上がった目の前の部屋で、玄関から入って階段を見上げると部屋の扉が見える間取りです。
最初のうちこそ共同生活をしていた僕らですが、だんだんと家事が面倒臭くなったTくんは次第に実家に帰ることが増えて、一軒家に僕1人という日がほとんどになっていました。残念ながら就職した会社はブラックで、朝の7時から夜は22時過ぎまでサビ残で働くような会社だったので、僕もほぼ寝に帰ってるくらいの感じです。
ある日の事です。
僕が自室で寝ていると、階段を登ってくる足音が聞こえました。Tくんは帰ってくる事は少なくなりましたが、たまに飲んだりすると簡単に帰れる寮に帰ってくることがありました。時計を見ると2時ごろでしたから、ずいぶん遅くまで飲んでいたのだなぁと思って特に気も止めずにもう一度寝ようとした時です。
階段を上がって僕の部屋の前で止まったそれが思い切り僕の部屋の扉を引きました。ガンッ!と強い音がして僕も飛び起きました。しかしドアノブを回していないからか、開く事はありません。僕もビックリしましたが、また足音がして階段を降りていった様子を聞いて、「あいつだいぶ酔ってるなぁ」と思ってすぐにまた寝付きました。
朝起きるともうTくんはおらず、僕より早く出勤した様子でした。
出勤すると案の定、Tくんは先に職場にいました。
「お前さぁ、いくら酔って帰ってきても人の扉あんな開き方するなよ」と少し怒りながら言うとTくんは不思議な様子です。
「何の話?」
「いやさ、昨日飲み歩いてきたのか知らんけど、結構遅い時間に寮に帰ってきたでしょ?」
「いや、帰ってないけど…」
僕もTくんも2人して頭の上にハテナを浮かべてしまいました。
確認すると、Tくんは昨日は仕事が終わると実家の方に帰り、今日もそちらから出勤したと言うのです。
僕も昨日の夜にあったことを話すと「何それ、誰かいたってこと?」と怖がっています。何だか僕も怖くなってしまいましたが、それでも夜遅くに仕事が終わって実家まで帰る手間を考えたら、まだ僕が寝ぼけていた可能性があることに賭けて住み続けようと思いました。
しかし、残念ながら寝ぼけていたわけでも気のせいでもなく、その後も何度も僕の部屋の扉を開けようとその何者かは試みていました。最初のうちは怖くも思っていましたが、だんだん慣れてきたことと、ブラック会社での疲れが溜まってきている事もあり、「うるせぇ!やめろ!」と言い返すようになっていました。
この話を職場ですると笑われて、先輩たちからは「今度寮で肝試しやろうぜ!」と言われ、半ば持ちネタのようになっていました。
そんな生活も数ヶ月経ったある日です。
その日は特別仕事が遅くなってしまい、もうへとへとになって帰ってきました。とにかく帰ったらすぐにベッドに横になろう、シャワーは明日の朝にしようと思いながら玄関を開け、パッと階段の上を見ました。
僕の部屋の前、階段を上ってすぐのところに、長い髪に白い服を着た女が立っていました。長い髪が顔にもかかっており、顔はよく見えませんが隙間から覗く目だけが僕を睨みつけています。
僕はそれを見て、叫ぶでも怖がるでもなく「流石に今日は実家帰るか」と冷静に考えていました。そいつから目は逸らさず、後ろ手で玄関を開け、刺激しないよう(?)にゆっくり外に出ました。その間も彼女はずっとこちらを睨みつけています。
僕は実家へ帰る中、だんだんと先ほど見た光景を実感し、怖くなってきました。よくよく考えれば、なんで明かりをつける前の家の中であの女の姿をくっきり視認できたのかも分かりません。
しかしこれでやっと分かりました。いつも僕の部屋を開けようとしてたのはあの女なのだと。
実家に帰った翌日、退勤すると普通に寮に帰っていました。
昨日実家に帰ってそこから出勤したところ、やはり予想よりしんどかったのが理由ですし、その頃の僕はあまりの疲れでおかしくなっていたのだと思います。
その後、僕はブラックであるその会社に勤めるのがほとほと嫌になり、就職して一年も経たないうちに辞めてしまいました。辞めるギリギリまで住み続けましたが、その間も何度か扉を開けようとしていたようでしたが、姿はあれから見る事はありませんでした。
あれが疲れから見えた幻覚なのか、それとも本当に何かがいたのかは分かりません。
先日その一軒家の前を通ると、いまも誰かが住んでいました。ブラック企業はもう寮制度をやめたという話でしたから、このことを知らない誰かでしょう。
何もなければいいのですが。
おわり